PROFILE

内田勘太郎(うちだ かんたろう) 

1970年、大阪市立工芸高校のクラスメイトであった木村を誘い【憂歌団】結成。京大西部講堂でのコンサートイベントなどに出演し京都のブルース・シーンを賑やかした。1975年、そのリードギタリストとしてシングル「おそうじオバチャン」でレコードデビュー。ブルースを基調にした独自の世界で全国を席捲し、熱狂的な人気を得た。その天才肌のギタープレイの評価は高く、日本を代表するギタリストとして名を馳せる。カルピスの瓶首を使ったスライド奏法や繊細かつダイナミックなフィンガー・ピッキングでの個性豊かなギター・サウンドは唯一無二。憂歌団として、来日したスリーピー・ジョン・エステスやマディ・ウォーターズなどのブルースの巨人とも共演し、1988年のシカゴ・ブルース・フェスティバルには日本人として初めて出演。20数年に渡りメンバーチェンジなしで活動し、リリースした作品は多数。ソロとしても数々の有名アーティストとのセッションやレコーディング、CM音楽なども多数手がける。

1998年、アルバム『マイ・メロディ』でソロデビュー。1999年より憂歌団無期限活動休止に入り精力的にソロ活動開始。2013年、15年振りに憂歌団再始動。2014年からはソロ活動に加え、木村充揮とのユニット【憂歌兄弟】、新井田耕造を新ドラマーとして迎えた新生【憂歌団】と活動の幅は広がったが、現在その動きは無い。2016年、初のエッセイ集『内田勘太郎 ブルース漂流記』を刊行。2016年リリースの通算8枚目のソロ・アルバム『DEEP BOTTLE NECK GUITAR』を機に、15歳の時に始まったブルースの旅は半世紀近くを経てデルタブルースに回帰。圧倒的なボトルネック・ギターと指弾きで奏でられる音色は表情豊かで、フィーリングとトーンを肝にジャンル問わず展開中。

ソロライブと併行して独自企画として2007年から4ヶ月に一度横浜THUMBS UPで開催してきたセッションライブ《YOKOHAMA MEETING》は、ビルの老朽化による閉店の為、惜しまれながらも2026年7月で一旦幕を閉じる。2008年から名古屋で春秋開催していた《ナゴヤ事始め》も2022年11月に閉幕している。

《YOKOHAMA MEETING》でのセッションライブがきっかけで2018年に結成したうじきつよしとの【子供団】、TOSHI-LOW・KOHKIとの【ブラフ団】での活動、更には2019年6月、甲本ヒロトとの新ブルース・ユニット【ブギ連】でアルバム『ブギ連』リリースと共にデビューし話題沸騰。同年10月、ソロ・ギター・インストゥルメンタル(1曲を除く)での名曲集『Tohgen Kyo』リリース。

2020年8月、奇妙礼太郎と内田勘太郎アルバム『アイコトバハ』リリース。

2020年緊急事態宣言以降のコロナ禍によるライブ活動自粛中、YouTubeでの動画配信とstand.fm 内田勘太郎「秘密の牛小屋」での音声配信スタート。

2022年6月よりコロナ禍による延期公演からツアー再開。

2024年1月、9年振りに寺岡呼人、岩沢厚治(ゆず)、内田勘太郎での『寺沢勘太郎一家 巡業の旅 リターンズ』3公演実施。

2024年10月、ブギ連2ndアルバム『懲役二秒』リリース。ライブツアー「第2回ブギる心」開催。

2025年7月公開の高橋伴明監督の映画「桐島です」の音楽担当。毎日映画コンクールの音楽賞でノミネート。

2026年6月3日、ブギ連3rdアルバムで初のライブ盤『ブギる心』リリース。

同年6月17日リリースの、演歌歌手おおい大輔の配信デジタルシングル「馬鹿な男のブルース」の楽曲アレンジと演奏担当。

憂歌団でのレコードデビューから51年、ソロデビュー28周年を迎えた内田勘太郎。自身が思い描く音をを求めて、今日もなおギターと向き合い続けている。